老いぼれなんて、口先ばかり

「女は得意なんじゃ、ないんですか?」
「誰から聞いた」
「聞いたんじゃないです。聞こえちゃったんです」
 迂闊だった。薄暗がりの部屋で御香の匂いを鼻先に覚える中、土方は僅かに眉根をよせた。そのわざとらしい顔付きに、{{ kanjiName }}は思わず唇を尖らせて子どものような抵抗を見せる。
 {{ kanjiName }}は感情をそのまま顔に出す女だった。土方がどれほどその反応を好いているかなど知る由もなく、百面相をして見せる。
 土方は骨張った手を{{ kanjiName }}の方へとやって、誘う声もなく彼女を呼んだ。{{ kanjiName }}は眉間に皺を寄せたまま、しかしやぶさかではないと言わんばかりに土方の胸へと落ちてゆく。
「わたしは、女として扱えませんか?」
「こうして抱いているだろう?」
「そうですけど……その、本当の意味で抱いてはくれませんよね。ああ、嫌になっちゃう。女の口から、零すようなものではないのに」
 額を土方の鎖骨あたりに押し付けて、{{ kanjiName }}は乞うた。「歳の差、気にしてますか?」彼女はまだ、うら若い乙女だ。初老を過ぎた土方の相手をするには、いささか年が離れすぎている。
 土方からすれば、孫のような年頃だ。遊女なら気にはしまい。そういう間柄なのだから。だが、彼女は遊女でもなければ妾でもなく、れっきとした〝土方の女〟であった。
 土方とて、おいそれと死ぬつもりはないが、いつかは彼女を置いてゆくことになる。死せずとも、土方の夢の先に彼女はいない。
 好いているからこそこの純で曖昧な関係を土方は楽しんでいたのだが、{{ kanjiName }}は良しとしなかった。こうしてせがまれるのは何度目だろうかと、土方は薄く弓形にした唇で彼女の名前を呼んだ。
「{{ kanjiName }}。それなら、他の男のところへ行くか?」
「手放してくださるんですか?」
「約束はできないがね。死んでも構わない男を選ぶことだ」
「……老いぼれなんて、口先ばかり」
 ぼそりと呟いて、{{ kanjiName }}の胸に耳を当てた。背中に回った土方の手は骨張っていて、細身ながらに筋肉質だった。もっと腕の太い屈強な男など何人も見てきたが、その誰よりも土方は強かった。閃光が走ったかのような煌めきは狩りをする獣のようで、{{ kanjiName }}はその目に惹かれてしまった。
 もぞもぞと腕を動かし手を伸ばし、{{ kanjiName }}は土方の衣服にしがみ付く。そして蚊の鳴くような声で「いつか絶対、抱かせてやります」鼻で笑われることなどわかっていながら、虚勢を張るのだった。

2023/07/22