どうしてこうも甘いのか

 どうして、と聞かれると何とも答えに困る。首を捻ってみたり、腕を組んでみたり、名前を口に出してみたりしたが、一向に閃きがない。
 否、閃くようなものでもないのだが、僕としては彼女の問いに何とか上手いことを言えないかと思案していた。
「高杉さんは、どこが好きなんですか?」
 淡白い甘味に銀のフォークが食い込んでいくのに、二つの硝子玉は探るように僕を見つめている。
 どこがって、話の文脈からして――〝わたしのどこが好きなんですか?〟といったところだろう。
 この手の話は今日まで避けてきただけに、答えによっては張り倒されるだろうな。
 彼女が良いというのに甘えてきた。僕だってバカじゃぁないから、時々は甘味を与えながら僕だけの味を覚えるように愛でてきた。
 この女は何の変哲もない平凡なやつで、面白みもない、秀でて賢いわけでもない。けれど声だけは一級品で玉のようだ。
 だというのに、爪弾く旋律は度し難い音階で、まぁ、いわゆる音痴というやつだった。そんなところが面白くて、毎晩床を共にするようになったんだが――まさか、こんなにも唐突に、牙を剥かれるとは思わなかったぞ。
 うまいこと時間稼ぎをできないもんか。何とかと言う所長からくすねてきたワインを一口付けながら「そうさな」相槌を打つ。
「愛いところ、とかかな」
「ずいぶんと抽象的でいらっしゃいますね」
「詩的だと言ってくれ。あとは、うん。その甘味が良い」
「ふぅん……甘いんですか?それ」
 つん、と。フォークがワイングラスを突いた。指の骨がすっと冷えてゆく中で、口角がひくりと上がる。
 つまり、まさか、君って女は。酒の話をしていたのか?
 確かに彼女は弱い。酒を美味しいとは思わないとも言っていた気がする。蕩けた顔に食い付いたのを境に、後のことは覚えちゃいないが。
 勘違いも甚だしい。だが、幸い彼女は気付いていない。ワイングラスを傾けて彼女の唇に押し付ける。
 漏れた声に誘われながら、
「君の唇ほどじゃぁない」
 細めた瞳に君を映したなら。薄っすら赤らんだ頬が僕を睨み付けていた。

2023/07/22