目覚めなければよかったのに

 死してなお身体があるというのは、奇妙なものだと高杉は思った。ついでに、隣で寝こけている緊張感のないこのカルデア職員には呆れを通り越して同情すら覚えている。
 肩を貸してやると話した覚えはないが、どうやら呑んでいるうちに寝こけてしまったらしい。
 織田信長たちのいるあのぐだぐだとした手狭な部屋で呑んでいなくて良かった。そう思いながら高杉は、だだっ広い食堂をゆったりと眺めた。時刻は――まだ夜中の三時。食堂は暗く、まだ仕込みを始める前のようだ。
 次いで、高杉の肩に寄り掛かって眠る{{ kanjiName }}の頭を見下ろした。こく、こく、と頭を揺らし脆いバランスで高杉に身を預け、規則正しい寝息を立てている。
 彼女は、世界が生きるか死ぬかの戦いに身を投じるにはいささか若い。けれど、高杉の時代で言えば彼がちょうど吉田松陰と出会った頃合いの歳だから高杉にとってはそう違和感はなかった。どちらかと言えば、身一つで立ち向かう藤丸の方がよほど滑稽で、面白い。
 それでも高杉は、いくらかの愛情を込めて{{ kanjiName }}の髪に指を通した。筋張った指先に、細い髪が絡み付く。さらりと流して、今度は前髪を分け額を晒す。よろめいた彼女の肩を抱いて、つい、
「ただの女なら良かったのにな、君も」
 彼女を抱き上げて自分の膝の上に下ろすと、訝しげに眉根を寄せた。宝物でも扱うような手付きで、彼女の頬に触れる。ふにふにと悪戯に頬を摘んでみるが、起きる気配はない。
 ああ、本当に。運命になど愛されなければ良かったのになぁ、君は。こんなに、つまらん女なのに。せいぜい僕が寵愛してやるくらいが関の山ほどの女だろうに。
 高杉は、そんなことを頭の片隅で沸々と考えた。けれど、彼女が此処に来なかったなら出会うこともなかった。それさえも運命だと言うのなら、むしろ愛されているのは自分の方かもしれない。そう、思ったりもする。
「なぁ、いつまで眠っているつもりだ?」
 暇だ、と言いたげな声色で言うと、抱き留めたまま、高杉は女の唇にふと、触れた。重ね合わせた唇を啄むようにして、薄い皮を舐めとる。
 けれど、それ以上踏み荒らすことはせずに――、一際大きく揺れた女の両肩に、指先を食い込ませた。次いで高杉の視界に飛び込んできたのは、まん丸にした目で瞬きを繰り返す女の間抜け面だった。
「たっ、たかすぎさんっ?」
「ようやくお目覚めか?待ちくたびれたぞ」
「すみません……じゃなくて、何でわたし、高杉さんの膝の上……」
 見事なまでの慌てように、高杉は喉の奥で笑った。思いっきり笑い飛ばしてやりたいところだが、人が集まってきたんじゃ本末転倒だ。十分に声を抑えて、
「僕がこうしたかったからこうなった。それに、悪い気はしないだろ?」
「重たいので、ちょっと嫌、ですよ」
「まぁ、軽くはないな」
「だから嫌だって言ってるのに!」
 女は、むっとした顔で高杉の胸を両手で突き離れようとするが、そうは問屋が卸さないと言わんばかりに抱きしめ返される。当の高杉はにこにこと満足げに笑っており、{{ kanjiName }}の言うことなど聞き入れてくれそうにはない。
 しばらくは押して返してを繰り返していたが、とうとう{{ kanjiName }}の方が折れた。正確には、疲れ果てたのだ。
 自分の腕の中でぐったりとし「もう好きにしたらいいですよ」諦め声で言う女を、高杉は見下ろしている。
「それなら好きにさせてもらおう。手始めに、そうだな。君の部屋で呑み直しだ」
「すみません、お酒は今夜はちょっと、もう……」
「そう?それなら、{{ kanjiName }}の話をしてもらおうか。此処に来るまでのこととか。平凡でもいい。つまらなかったら寝ておくさ」
 そんなことを言いながら、高杉は彼女を両手で抱き抱え――そう、所謂お姫様抱っこをして、立ち上がった。
 慌てて飛び降りようとするが、無論、高杉が許すはずもなかった。
 {{ kanjiName }}は{{ kanjiName }}で、見上げた先にあった高杉の美しい顎のラインに、つい生唾を呑んでしまう。そんな自分をいやらしく思い、誤魔化すように咳払いをした。
 サーヴァント相手に何を期待しているのかと叱咤するものの、芽生えてしまった恋に薄々なりとも気付いてしまった。

2024/02/01