迎え火

 パチパチと木の弾ける音が、夏草の騒めきに混ざる。日が暮れてすぐの頃、ちょうど夕食を終えて各々がゆったりとしている頃合いに、庭先からその音色は聞こえた。
 ちょうど土方は、仮眠の最中だった。永倉との話を終え、風呂の準備ができるまで一眠りしていたのだ。
 元来、土方は眠りの深い方ではないからちょっとした音で目が覚める。すぐさま獲物を手に取り庭先へと向かった。
 看守が居場所を突き止めたとも限らない。足音を殺し廊下を進み、縁側へ出た。
 柱に隠れたまま庭へ目をやった、その先には。
 なんて事はない。庭の真ん中で、女が焚き火をしているだけだった。季節は真夏だというのに。だが、土方はその行為自体を訝しくは思わなかった。
 北海道の夏はカラりとして涼しく、土方の慣れ親しんだ京都の夏には程遠い。夕方にもなれば、秋口のような肌寒さだった。
 それでも、このまま立ち去るわけにはいかない。彼女は土方が特に気に掛けている女中だった。万が一があれば、いくら気のある女でも首を刎ねなければならないし、自分以外の男に斬らせるのは心地が悪かった。

「――何をしているのかね」
「!あぁ、土方様でいらっしゃいましたか。こんばんは」

 腰の刀に手を掛けたまま、土方は女の背中に声を掛けた。
 女は肩を上下させ驚いた様子だったが、その目に土方を認めると安堵の表情を見せた。その傍には水桶と柄杓がある。

「こんな季節に焚き火とは。寒いのかね?」
「迎え火でございます、土方様。明日は盆でしょう?わたしの生家は取り壊されていますから……両親が迷わぬようにと」
「そんな時期だったか。どれ、一つ火を貰おう」

 土方は女の隣に腰を下ろすと、懐から一本の線香を取り出した。ほんのりと柔らかな、甘い木の匂いがする。
 送り火から線香へ火が移る。白濁の煙が真っ直ぐに空へと昇る。
 線香のじりじりとした橙の火と土方の涼やかな横顔を交互に見つめて、女は一瞬ばかり呆けていた。土方の目には確かに哀愁の色があり、その様に気付いてしまったのだ。
 当の土方はといえば、線香を地面へ落ち着けようとあたりの土で山を作っていた。女はハンケチを水で濡らして

「土方様、こちらへ」

 土方の手に付着した土を払うと、華奢な両手で皺だらけのゴツゴツとした手を拭った。
 冷えたハンケチが、土方の熱を奪ってゆく。その光景をひどくやわらかな眼差しで土方は見つめていた。

「私の迎え火も送り火も、お前に任せよう」

 ふと、土方は柄にもないことをこぼした。
 彼が京にいた頃は、斬った斬られたなど日常茶飯事で、葬式はすれど十分な見送りの時間などなかった。
 見送りの場所が曖昧なものだから、迎え火をしようとも誰も屯所には寄り付かないだろうと火を焚べた試しがない。土方にとって、彼女の行為は武蔵国の田舎を彷彿とさせた。
 すぐに死ぬ予定はない。だが、見送られなければ迎え火を見つけることもままならないだろう。

「そんな大役、お受けできません。土方様が何か大変なことをされようとしているのは、知っていますけれど……送り火は、焚きません。お見送りするくらいなら、わたしに憑いてくださいな」

 ハンケチ越しに手を包まれて、思わず土方は喉を鳴らし笑った。
 選んだ言葉の強さとは裏腹に、隣の女は眉を顰めて唇を真一文字に結んでいた。強がってはいるが、土方を好いているその心があんまりに明け透けだ。
 垣間見えた幼さを土方はそう愛しはしなかったが、土方の女であろうとする意思やその懸命な眼差しを愛でていた。

「ふっ。{{ kanjiName }}。お前は、そういう女だったな」
「……土方様が変なことをおっしゃるから、一人で眠れなくなってしまいました」
「そう言うな。湯を済ませたら、部屋へ来るといい。話し相手くらいにはなるだろう」

 土方の無骨な手が女から離れて、彼女の頭を二、三度優しく撫でた。二人の目前には、小さな送り火と天へ昇る線香の煙がある。
 夏の夜の夢、迎えも見送りも頼めやしない未来の二人の姿がそこにはあった。

2023/09/03