だってあなたに流されたかった

 燦々と照りつける陽射しが、身体に刺さる。陽が傾き始めた盛夏の夕暮れ時。ほとばしる胸の熱を閉じ込めるように、胸の辺りを両手で抑えた。
 熱を吸った布団が、擦れる音。抱きしめられた身体は悲鳴を上げて、はち切れんばかりの心音が血管を走り抜けて全身を伝う。
 ――この音はきっと、あなたにも届いてしまっている。

「杢太郎さん、杢太郎さんってば」
「ん……あぁ。何だい、お嬢さん」
「もう、陽が落ちそうですよ」

 杢太郎さんの腕の中にすっぽり収まったまま、顔だけを上げて訴える。
 障子の隙間から差し込む夕陽は、昼間ほど強くはないけれど衰えたというには熱がある。すっかりはだけてしまった杢太郎さんの胸板に人差し指を滑らせながら「帰らなくて、良いの?」行為とは正反対のことを口にした。
 流されてほしかったの。あなたに、流されたかったの。指先で辿る杢太郎さんの輪郭に、全て委ねてしまいたかったの。
 寝起きの杢太郎さんと、目が合う。ねっとりとした視線に、どくり、心臓が音を立てる。杢太郎さんの大きな手が、太い指が、こちらへと伸びてきて、私の耳に髪をかけた。

「いいなあ、こういうのも」
「何ですかぁ、それ……帰るの?帰らないの?」

 ゆったりとした杢太郎さんの声を咎めるように、急かすように、唇を尖らせる。でもそんなのは逆効果で、杢太郎さんは緩く笑い「可愛いなあ」ですって。
 欲しいのは、そんな曖昧な言葉じゃなかったのに。
 行かないでと言えない、帰らないでとせがむことができない。それでも、私は、杢太郎さんの言葉に流されたいという欲だけが蔓延る胸の内を隠しながら、杢太郎さんからの答えを求めた。なのに、

「こんなお前を置いて、帰れないよ」

 甘い声の後に、唇が落ちてくる。零れそうになった吐息は杢太郎さんの口付けに行き場を奪われ、呑み込んだ生唾は杢太郎さんのそれと混ざり喉を伝う。
 流されて楽になりたかったのに、杢太郎さんはそれを許してはくれなかった。
 だって、彼は、杢太郎さんは、私のせいで、帰れないのだと言うのだから。
 杢太郎さんの感情をこちらへと流したのは、私だと、言うのだから。
 何てずるい人。責任を私に押し付けておきながら、どうしてこんなに優しく頭を撫でるのかしら。どうしてこんなに柔らかな口付けを繰り返すのかしら。
 貪るようにしてくれたなら、私も、あなたの性欲に流されたと言えるのに。
 こんなのじゃ、あなたの口付けが愛おしかったとしか言えやしない。

2023/08/06