雷鳴

 ゴロゴロと遠くで雷が鳴っている。夜闇にピシャリと走る龍神のような稲光に、つい肩を揺らす。
 はしたない声だけは何とか押し留めたけれど、反射的に伸ばした手はまるで縋るように土方さんの羽織の裾を掴んでいた。
 土方さんは床の相手をさせるでもないのに、よく私を部屋に呼んだ。酌の相手であったり、街の様子を聞くものだったりと様々だったが、決して手を出してはこなかった。
 なのに私は、こんなにもはしたなく、縋ってしまった。土方さんのお猪口を持つ手が、止まる。心臓が波打つのを覚えながら、顔を上げると柔らかい目で笑う土方さんのお顔が目に入った。

「雷は苦手かね」
「そんなことは……幼女でもあるまいし、普通ですよ」
「ほう。なら、その手を離してもらおう」
「そ、それは……」

 ゴロゴロと、雷が鳴る。続けで皿をひっくり返したような大きな音がして一際強い光が障子越しに部屋を照らした。
 これ絶対どこかに落ちた!落ちたわ!次にはこの家に落ちるかもしれない。そうなったら丸焦げだわ!
 怖がりな私は、未だ着物の裾を手放せずにいる。土方さんはそれを責めるでもなく、呆れれでもなく、ただ喉の奥で小さく笑った。

「こちらへ来なさい。裾だけでは心許ないだろう」
「大丈夫です、その、どこか掴んでいれば……」
「素直に甘えてほしいものだがね。これではお前を呼んだ意味がなくなってしまう」

 そう言うなり、土方さんは私を抱き寄せた。
 背中に回された手や私を抱き止めた胸はとても初老の男とは思えない逞しいもので。雷鳴への恐怖など全て吹き飛んでしまいそう。
 自惚れではないのなら、土方さんが今夜私を呼んでくれたのは――
 顔を上げたら、土方さんの澄んだ瞳に捕まった。僅かに上がった口角に心臓を撃ち抜かれる。
 今しばらくは、この温もりを手放したくない。雷鳴がどうかしばらく続きますようにと身勝手なことを願った。

2023/07/22