酔いどれの夢

 夢見心地とは、こういうことを言うんだろうか。ふわふわとした意識の中で、考える。しかし自我を手放すには惜しくて、布切れの音を愛しむように顔を埋めた。
 どこにって?――高杉晋作の、膝に……である。
 真夜中の人っこ一人いない食堂は、ガランとして暗く、静かである。その一角で椅子を数脚並べて、私は横になり高杉さんの膝枕による介抱を受けていた。

「君、酔っ払うとこうなるんだね。これは面白いことを知ったな」
「どういうことですかぁ」

 埋めていた顔をぐるりと回して顔を上げる。高杉さんの太ももの感触が後頭部に広がってなんだか妙な気持ちになった。
 そんな私の心情など高杉さんは露知らずと言わんばかりに唇を緩く結び、三白眼を笑みで隠した。

「ほら、君、普段カタブツだろ?」
「かたぶつの女が、こんなチャラい男に靡きませんよ」
「意外と冷静だな」

 唖然とした顔が、私を覗き込む。腹の底から笑う高杉さんも好きだけど、この顔も中々に、いい。
 紅葉色の瞳にうっとりとした私の姿を映して、今あなたの瞳に私だけを映して、過去に女があったとしても、今は私だけを見て。――独占欲に、まみれてしまう。口にはしないけれど。

「高杉さん」

 手を伸ばし、頬に触れる。すると高杉さんは、ん?と首を傾げて眉尻を下げる。手の甲に、高杉さんの手が重ねられて熱を帯びた。

「キス、せがんでもいいですか?」
「律儀だね。ところで、誰に飲まされたんだ?」
「あなたですよ」
「そうか、僕だったか!……岡田君じゃなくて?」
「岡田さんは、酔い潰れて丸一日寝てましたよ。あれ、高杉さんの仕業でしょう?困るんですよね。医務スタッフも暇じゃないんですよ」
「酔うと君は饒舌になるな。まぁ、岡田君は適当に転がしておきたまえ。君は僕だけ見ていればよろしい」

 ふっと落ちてきた影に、唇を塞がれた。混ざると息はほのかに甘く、日本酒の甘みと苦味を伴っている。
 まるで、高杉さんみたいだ。冷たい目をしながら、面白ければいいなんて豪語する。それが彼の真髄なのだろうが、彼の面白い判定はわりかし緩い。そして、ツメも甘い。
 だらりと落ちた朱色の長髪がまだらのカーテンを作って、私の姿を覆い隠してしまった。その中で、手繰り寄せるように、高杉さんの頬に手を添える。
 触れた唇が、離れる。それを許すまいと今度は高杉さんの首の後ろに手をやって固定した。
 酔いに任せたささやかな甘え。それを高杉さんはくつくつと控えめに笑った。豪快な彼らしくない、密かやな声だ。

「僕と離れるのが、そんなに惜しいのか?君は」
「酔わせておいて、すっとぼけないで」
「アッハッハッハ!まるで子どもだな。いいね、いいよ{{ kanjiName }}。……その表情かおは俺の前だけにしろよ」
「こんなに飲ませるの、あなたくらいですよ」
「それはいい。さて、もう一杯いっておくか」
「もう飲めない、きゃっ!」

 高杉さんの手に、酒瓶はなかった。二つのグラスはテーブルの上に置かれたまま。
 彼の手が私の首に触れて、つつと人差し指を這わせたと思ったら、第一ボタンをぷつりと外されて鎖骨の間に唇が落ちた。
 冷えた空気の中に、生ぬるい熱が宿る。わざとらしく吸われた肌は、彼の髪と同じ朱に染まってやいないだろうか。
 角度を変えて繰り返されるキスに、つい声が漏れた。高杉さんは聞こえないフリでもしているような素振りで、膝の上に私の頭を置いたまま舌先で鎖骨をするりと舐めた。

「高杉さん!やめ、て」
「ほらほら、動くと酔いが回るよ。膝を貸してやってるんだ。大人しくされるがままになっていたまえ。たまには、こういうのも悪くないだろ?」
「悪いです」
「あれもこれも全て、酔いのせいだと言えるのに?」

 全てを見透かしたような目に、射抜かれる。ほてった頬では何を言っても無駄だとわかっていながら反論する。
 サーヴァントに恋をするなんて、馬鹿げてる。わかっているくせに、この鼓動を休める術など持ち合わせていない。

「なかったことするには、もったいなくて」
「奇遇だね。それは僕も同じだ……と言いたいところだが、素直すぎるのも困りものだな」

 高杉さんは薄く笑ったまま、私の前髪を掻き上げ額に唇を押し当てた。
 好意を口にする代わりに、愛撫で返す。それを良いとも悪いとも思わないが、今は言葉が欲しいと言ったらどんな顔をするだろうか。

2023/07/22