キスで起こして

 起き抜けの頭がまだ朝を朝だと認識しないうちに、細い指に名前を呼ばれた。
 顎から耳の辺りにかけてをするりと撫でられて、つい、身じろぐ。ふっと漏れた笑い声はいやに秘めやかで、誰に向けられたものでもないのだと私でもわかる。
「{{ kanjiName }}」
 微睡の中、名前を呼ばれて、そのまま。声の主――晋作さんは糸を手繰り寄せるように私の身体を抱き寄せた。生ぬるい布団の中で、二人の体温が混ざり合う。
 ゆるくて、ぬるい。はだけた晋作さんの胸に顔を押し付け、食むように唇を這わせた。
 あぁ、頭の上で、私を殺す声が響く。
 つい、呼応してしまいそうになる。
 けれど、愛しいと口にしてしまえば私はただの遊女になってしまうから、必死と押し留めて、ただ、晋作さんの身体に縋りついた。
「{{ kanjiName }}君。いつまでもそうしていないで顔を上げたまえ」
「嫌です。朝日に、晒されてしまいます。まだ、化粧も……」
「ははっ!何を今更。ほら、顔を上げろ。僕はもう君の寝顔は見飽きたぞ」
 つつと、晋作さんの指が這って、私の顎を上向かせた。
 顔を上げた先には、細めた目でこちらを見る晋作さんがいた。
 障子を透かす薄明りが、白い肌を照らす。日頃は鋭い瞳が柔らかに蕩けて、愛しい者を見るような眼差しを私に向けている。
 その目があまりに優しいものだから、私はまた、自惚れそうになる。
 晋作さんの手のひらが私の頬を包み込む。ゆっくりと縮まってゆく距離を受け止めるように目を閉じたら、唇に柔らかな感触が走った。
 一つ、二つ、三つ。触れるだけの口付けなのに、ひどくいやらしい。真正面から触れたかと思ったら、するりと角度を変えて、何度と言わず唇を喰まれる。
 やがて、堪能したと言わんばかりに、ぬるりと舌先が唇の割れ目をなぞった。
 反射的に揺れた私の肩を晋作さんはぎゅっと抱きしめて離すまいとする。
 熱の灯った吐息が漏れ、僅かに唇が開いてしまう。それを晋作さんは見逃すことなく、わざとらしい音を立てて艶かしいキスを繰り返した。
「んっ、晋作さん、息が、」
「大丈夫だよ。死にはしまい」
「だって、んっ……ふ、」
「はぁ……君ってやつは、朝からとんでもないな」
 ふと、唇が離れてゆく。ひとしきりの愛撫を終えて満足したのか。晋作さんは再び私を抱きしめて独り言のように零した。
 それはこちらの台詞だと言ってやりたかったけれど、どくどくもうるさいこの心音の前ではただの強がりにしかなるまい。
 差し込む朝の光は、夏にはまだ早く通り過ぎた春の名残を纏い穏やかな顔をしている。
 その光は、二度目の夢に落ちてゆく二人の姿を照らすには、いささか生ぬるいものだった。

2023/07/22