とりっく・おあ・あっぷる!

 見て、と呼ばれて土方が背後に目をやるとそこには真っ赤な着物に緑の帯、茶色の地味な簪を刺した{{ kanjiName }}の姿があった。
 彼女は頬を真っ赤に染めたまま、机に向かい新聞を捲っていた土方の側にすすっと寄って膝を折った。その口紅は赤く、目尻にも紅が落ちている。
 控えめな{{ kanjiName }}にしては珍しいことだと、土方は片手で新聞を畳んでしまい彼女の耳元に手を伸ばした。
 指の皺を埋めるような柔らかい耳たぶに欲を覚える最中、唇で緩く弓を描く。

「珍しい召し物だな。見せびらかしにきたのかね?」
「……りんごの、おばけです」
「林檎?」
「はい。西洋の文化で……おばけに仮装をして、とりっく、おあ、とりーと、と言うそうです」
「ほう。言って、どうする」

 土方が{{ kanjiName }}の耳元をするりと撫でる。首筋に人差し指を這わすと、びくりと華奢な肩が上下して細い彼女の指が土方の手の甲に触れた。
 眉根をよせて、待ってと言う。土方が焦らすことはあっても{{ kanjiName }}が焦らすことは滅多にない。色欲よりも好奇心が勝ち、わかったと彼女の手を握って膝の上へ落とした。

「お菓子をいただくのだそうです。お持ちでなければ、その……」
「なんだ。言ってみろ」
「悪戯を、してさしあげます」
「わたしは器用だぞ。林檎の皮を剥くのも上手い」
「頑張ります、から、その……まずはわたしを林檎のおばけから女に戻してほしいです」

 土方の手をぎゅっと握り、真っ赤な唇で{{ kanjiName }}は言った。そうして土方の答えを待たず、手を伸ばしベストのボタンをぷちりと外す。
 ふっと笑った土方の顔がどんなに意地の悪いものか気付くことなく二つ目を外す。
 しかし三つ目は外れることなく、伸びてきた土方の腕に林檎の葉をもぎ取られ、皮を剥かれ、あらわとなった雪肌に桜の花弁が咲く。
 ――はろうぃんにかこつけて、わたしから誘おうと思ったのに。
 色香に薄れゆく意識の中で{{ kanjiName }}は思いながら、その身を土方に預けた。

 翌日のおやつどきには上出来なおはぎを出され「昨日出してやらずにすまなかったな」と悪戯な笑みを向けられた。
 そこで初めて、罠にかけたつもりがはめられたのは自分の方だったと彼女は知るのだった。

2023/07/22